スポット医師の求人に応募して大きな病院で働いた時の話

医師としての経験を積むために各地の病院でアルバイト

医師としての経験を積むために各地の病院でアルバイト大きな病院でスポット医師として働くことに医師の欠員が出ればそこを埋めるスポット医師の仕事

医師の資格を取得後は、経験を積もうと考えて各地の病院でアルバイトをしていました。
期間は短いですが時給もいいので経験だけでなくお金も貯まる感じです。
今働いている仕事の期間が終えたので、求人で探してみると、大きな病院のスポット医師という仕事が見つかりました。
募集に応募してみると、採用となったので、仕事の依頼が来るまでアパートで待つことにしました。
携帯電話に電話が入ったので出てみると、採用してくれた病院の副院長が、小児科の医師がダウンしたのでお願いしますと言ってきました。
患者の風邪を移されてしまい、高熱で動けないというのでわかりましたと言って病院へ向かいました。
私が担当する小児科の診察室に入り看護師に軽く挨拶をし、聴診器を首にかけ、患者を入れてもらいました。
マスクをつけている小学生の女の子が入ってきて、付き添いの母親が咳がひどく熱もあるんですと言うので、容態を診てみると熱が高かったです。
色々と調べてみると、インフルエンザと発覚したため、母親に話すと心配していました。
しばらく病院に入院すればよくなりますと言うと、2人共少し元気になったように見えました。
看護師に個室の病室へと連れていってほしいとお願いすると、わかりましたと言ってすぐに動いてくれたので有り難かったです。
次に入って来た患者は高校生の男子で、お腹の辺りが痛いと言うので診ていくと、特に変化は見られなかったです。
今日は学校で何がありますかと訊ねると、嫌いな授業があると教えてくれたので、原因はそれかなと思いました。
何が嫌いなのかと詳しく聞いてみると、体育の授業で同級生がいじめてくると言うので、教頭か校長または体育教師に伝えるといいよと教えておきました。
その話をした途端、男子の表情が明るくなったので頭の中で頑張りなよと言ってあげました。
それ以降も患者の足は止まず、忙しく働きました。

集中治療の医師はほかの診療科と比較して求人しても人が集まらない

子供のころは自分自身はかなり病弱だったので、困っている人苦しんでいる人をサポートする仕事はいいなあ、お医者さんはいい仕事なんだと思いました。これが私が医師になる原点になっています。近所の開業医の先生が女性でした。在宅でだんだん弱っていく祖母を、よく往診してくれました。自分も熱が出たらよく連れていかれました。手に職をつけたい頑張れば私もお医者さんになれるのかなあと、中学生の間にずっと考え続けていました。中学3年で医師志望を決心して、高校3年間は思いっきり勉強をしました。京都市の北部にある中学、高校を卒業して京大の医学部に入りました。京大は良くも悪くも自由放任で、自分でも最大限できていない不全感がずっとありました。大学に行くときれいにまとまった教科書がありません。すさまじい量の本、英文の難しい本から自分でまとめて勉強することになれるのに、時間がかかりました。

研修医になったころは厳しい生活を送りました。今の臨床研修制度は少し労働時間が足りなくて、そのせいで学べる機会が少なくなっていないかと心配になります。私は京大病院と大阪赤十字病院で内科医として、研修しました。京大医学部の同級生と結婚しています。研修医の後に京大大学院で基礎医学の研究を始めた時に、28歳で長女を出産しました。学生時代から研究に熱中しましたが、臨床の面白さにひかれ臨床医になる道を選びました。私はやっぱり臨床が好きで、救急車を受け入れるのが好きです。また患者さんが好きで、ベッドサイドが好きで、処置しているのが好きです。退院されるときに会いに行かなくても、あっ今日帰られるんだなと思うと、それでうれしくなってしまいます。

私は救急集中治療、総合内科医として道を歩んできました。救急医療では質の高い申し送りがカギを握っています。勤務交代の時に日勤、夜勤のスタッフ全員が参加して患者の様態や治療についての、申し送りを行っています。救急医療の現場では一般の診療科と比較して、この申し送りが慣習化しています。専門分野が異なる医師がグループで議論することで、より質の高い医療が行えていると実感しています。患者の状態を把握して次の医療チームに引き継ぐ申し送り制度のおかげで、私は勤務を全うできています。申し送りができ意見が共有されている医療は、どの診療科にも必要ですが最も進んでいるのが、救急の現場です。申し送りをすることで議論や相互教育が継続的にされ、証拠や指針に基づいた医療がすすめられています。そして医師が適切な休息を取って、次の勤務にとりくむことができます。私は当直以外の日は自宅に帰って休みます。その結果何よりも重要な患者さんにとって、より安全で質の高い医療につながると思っているからです。

救急での申し送り制度は子育て医師のために、始まったわけではありません。救急という過酷な勤務であるがゆえに、子育て中であるなしにかかわらず勤務時間と非勤務時間を明確にしなければ、すべての医師が燃え尽きてしまいます。以前は20代、30代を救急医療に捧げましたが、年齢とともに過酷な勤務を続けられなくなって救急集中医療領域から去っていく人が男性、女性を問わず多くいました。求人を行っても人が集まってこないという時期も、存在していました。継続性と患者に安全な質の高い医療のために申し送りができるオン、オフの明確な勤務は、欠かすことができません。これが結果的には子育てをする時期にも勤務を継続しやすい、制度になっています。私は子育てのために夜勤は免除してもらっています。その分手当が少なく収入は低いですが、救急医として医療現場にしっかりと携われる、当たり前のことですが私たちも労働者です。24時間ずっと患者さんを診るのは無理があります。主治医に頼りすぎないように、患者側の意識改革も必要だと考えています。